人間風車

2009/10/30(金)
エネルギーの輪廻

今日で今週が終わり、
今日で実質上、今月が終わり、
今日であれからの1年が終わる。
早いと言えば早いけど、
長いと言えば長い。
物理的時間は、
よどみなく進むのだけど、
人間社会はそーはいかない。
物理的時間の区切りと同期しない。
なので、
実質上というか、個人的には、
今日も「途中」。
今週も今月もこの一年も「途中」。

エコは輪廻のように考えないと行けないと思う。
エネルギー保存の法則がある限り、
1つのモノでエコとか言っていても仕方がない。
例えば、電気自動車。
電気自動車は
たしかにCO2を出さないけど、
電気自動車の電気を作るために、
(現状では)発電所が電気をつくる。
それが火力発電所なら、
火力発電所が、
電気自動車の代わりにCO2を出す。
太陽光発電や原発にたよれば、
CO2を出さないので、
CO2問題は解決するけど、
電気自動車は動けば熱を出す。
廃熱もまた地球を暖める。
エネルギーは保存される。
使われたエネルギーは、
なくなるのではなく形を変えるだけだ。
太陽の光のエネルギーを、
電気の形のエネルギーに変え、
それを、
熱の形のエネルギーに変わるだけで、
使われるエネルギーの量は減ることはない。
魂の輪廻のように、姿を変えるだけ。
廃熱をどうリサイクルするのか、
つまり、
どう輪廻のサイクルに閉じこめるか、
そこまで考えないと
電気自動車はクリーンではないことになる。

そもそも、
個人で車を楽しんでてイイ時代なのか。
っていう問題でもあるし、
地球にこんなにエネルギーを発散して大丈夫なのか。
っていう問題でもある。
そのあたりまでさかのぼってっていうか、
全体のシステムの一部として
電気自動車を考えていかないと
うまくいかない。

電気自動車=エコって、
あまりに世間が簡単に言うので、
ちょっと反応してみました。


2009/10/28(水)
仮説と検証、その繰り返し

仮説と検証、その繰り返し。
これが進歩の定石であるそうだ。
っていうか、
自分のやり方そのものだ。
今の自分の仕事に例えるなら、
仮説とは、企画から制作。
検証とは、売り上げ実績と反省。
そんなことになるんだろう。
仮説は、いつでもいっぱい立てられる。
思いつきさえすればいい。
企画が受け入れられなくても、
企画自体にそうは時間はかからないので、
このタイミングでの
トライ&エラーはたやすい。
しかし、
検証は、そうはいかない。
世に出る前に、
発売元の査定があるので、
その門を通り抜けないといけない。
発売元の査定というのは、
厳密には、(世の)検証とは違う。
売れないと思っていたモノが売れたり、
売れると思っていたモノが
売れなかったりすることは、
ざらにある。
そんなわけで、
仮定がちゃんと検証できるのは、
それが世に出てからなのであるが、
仮説から検証に至れるまでの時間は長く重い。
実際に商品を作るわけだから、
たくさんの時間もお金も体力も消費する。
だから、
そう簡単に査定の門は開かないし、
トライ&エラーもできない。
これはいたしかたない。

ただ、検証が出来ないと、
仮説に対する、反省も出来ない。
つまり、
新しい仮説を立てることがむつかしくなる。
これは悪循環だ。

繰り返しの回数となると
状況はさらにヤバイ。
繰り返しの回数は、
制作の時間に反比例する。
昨今のように1つのモノを作るのに、
多くの時間がかかるようになると、
繰り返しがなかなかできない。
1ハードで3ターン(ゲーム)
作れるチームがほとんどない。
なんて状況は、
決して良いことではない。

こんなとき、いつも、
セミのことを思い出す。
生まれたときは、
自分の真上の地上は空き地だ。
だけど、
いざ、地上に出るとなったとき、
そこが空き地である保証はない。
家が建ったり、駐車場になったりして、
コンクリートで覆われているかもしれない。
周りの状況は刻一刻と変わるし、
どう変わるかは、
生まれた時点ではわからない。
セミもまた、
成長に時間がかかりすぎる。

運も実力というが、
運こそ、
もっとも重要な実力なのかもしれない。
とさえ思いたくなるけど、
もちろん、
最も重要な実力は、
全ての状況を突き抜ける
仮説を立てられる力だ。


2009/10/26(月)
(仮説→検証)×回数

新入社員の募集の激減による
第三の被害者は、
去年の新人だろうな。
来年も一番「下」のまま。

MIXIアプリで農業ゲームが
流行とかしてるせいなのか、
ここんところ、
「アストロノーカ」や「コスモぐらし」
とかに対してのファンレターを
ちょくちょくいただいてます。
ありがたいですし、とてもうれしいです。
(ご返事書いてませんけど、仕様ですのでお許しを)
残念ながら、
いろいろな事情や心情から、
ハードを代えて再び出すとか、
続編を出すとかはむつかしいと思いますが。


NHKの自動車革命「スモールハンドレッド
はおもしろかったなー。
電気自動車は、
ガソリンエンジンがないので、
とても構造が簡単。
それゆえ、
今まで車と縁のなかった企業でも参入できる。
むしろ、
熱が出ないので、プラスチックなど
今まで車に使えなかった素材を使えたりするので、
車メーカー以外の業種の方が
アドバンテージが出たりするかもしれない。
従来の作り方に固執する
既存の車メーカーはかなりやばいだろう。

参入が比較的簡単なので、
いっぱい企業が参加する。
そのほとんどは、あだ花に終わるのだろう。
最終的には大手しか残れないのかもしれない。
しかし、
いくつかの新人は生き残るかもしれないし、
例えそうでなくても、
彼らのトライ&エラーは
電気自動車業界全体に対して
計り知れない貢献をすることになる。

いつの時代だって、
どの分野だって
仮説を立てそれを検証する。そして改良する。
その速度と回数。
それがその分野の進化の度合いを決める。
そういう意味では、
電気自動車業界の未来は明るい。

んで、ゲーム業界。
iPhoneアプリの参入者の顔ぶれとか、
盛り上がりなんかを見てると、
なんか、同じことを感じてしまう。
どうせ、素人のやること。
そんな数じゃ、商売にならない。
ゲームとはこうあるべき。
こういうのが売れるんだ。
そういう既成の価値観から脱却できない
大手ゲームメーカーは、
大手車メーカーと同じ道をたどるような気がするんだけど、
どうなんだろう。


2009/10/23(金)
無料から有料へ

某MIXIアプリが、
アイテム課金サービスをはじめたら、
みんな、引いてる、引いてる(笑)
その引いてる度に、
ちょっとビックリした。
だって、
アプリ自体を有料にしたわけではなく、
特殊なアイテムを
有料で売り出しただけであって、
今まで通り、無料のまま遊べるのだから。
それなのに、
冷めたとか、現実に戻されたとか、
みんな、引いてる、引いてる(笑)
(気持ちがわからんでもないけど)

無料サービスから初めて
アイテム課金へという流れ自体は、
ネットゲーでは、
オーソドックスなものなのに、
どうしてこうみんな引いているんだろ。
MIXIアプリ自体が、
日記、コミュ、その他の機能同様、
ただで楽しめるはず。
ゲームというよりは、
マイミクとのコミュニケーションツールの1つ。
そういう意識が前提にあることが、
普通のネットゲームと違うところなのかな。

それにしても、
無料→有料への切り替えは
ホントむつかしいのだな。
テレビの有料チャンネルも、
苦戦しているみたいだし、
携帯電話のゲームもそうだというし。
インターネットネット上の
コンテンツもそうだろうし。

無料でまず人を呼んで、
それから有料のモノを売る。
この仕組みは、
電脳世界固有の仕組みじゃなくて、
リアル社会にもいっぱいある。
紙芝居だってそうなわけだ。
紙芝居を見ること自体はタダ。
お菓子食べ食べ見たければ有料。
それとアイテム課金と
どこか違うのだろうか。
不思議だ。

紙芝居は立ち上げ時からそういうシステム、
課金サービスは後から追加されたシステム。
(某MIXIアプリの場合)
そういうところで、
ユーザーの心構えが違ってくるのかな。


2009/10/21(水)
値段インポッシブル

>近くに300円弁当屋ができた。
どんなもなのかと興味本位で1回食べてみた。
味がどうのこうのいうのは大人げないが、
これを300円で作れるのか!
日本で商売が成り立つのか!
っていうのは、正直驚いた。
ユーザーとしてはうれしい限りだけど、
反面、
どっかでヤバイこと(食材の質とか)があったり、
誰かが泣いているがあるんじゃないのか、
なんて、
失礼極まりない考えが浮かんでくるくらい、
驚きのコストパフォーマンスだ。

同じようなデフレ系驚きは、
iPhoneアプリだ。
115円でこれを出せるのか!
それでもうけは出るのか!
と驚かされっぱなしだ。
これまたユーザーとしては
ありがたい限りだけど、
作り手の立場から言うと、
ミラクルを通り越した
値段インポッシブルと言わざるをおえない。

今は、
超高品質で高いモノと
高品質で安いモノしか売れないという。
ゲームもきっと、
この二極化の時代が来るんだろう。
5000円、6000円と高いゲームは
年に1、2回、
お盆と正月みたいなハレの日に遊ぶ。
カジュアルに遊ぶのは、
1000円未満の、あるいはタダのゲーム。
そういう二極化。
3800円でそこそこのゲーム。
そういう設定では商売しにくそうだ。

数年の歳月と数十億の予算を掛けて作り、
数百万本を売り上げる
大型肉食獣になるか、
短期間に、なるべく小さい予算で、
薄利多売的に売り上げる
小型雑食動物になるか、
そのどちらかしか生き残れない気がする。
いうまでもなく、
どちらもしんどそうだw


2009/10/19(月)
今日の気持

ケンカは、1回や2回負けたとしても、
それは負けではない。
また挑戦すればいい。
「参った」(もうやめる)というまで、
勝負は終わらないのだから。
ようは、
どこまで執着できるかが
ケンカの強さってわけだ。
と、
自分に言い聞かせる日々。

って、
だれかとケンカしてるわけじゃんですが、
こういう考え方は、
勉強だろうと仕事だろうと
研究だろうと趣味だろうと
恋愛だろうと奉仕だろうと
何にだって言えることだと思ってるのです。
体力と胆力、
結局、そこに尽きちゃう。
センスだの美学だの
好奇心だの誠意だの
そういうキレイな力って
簡単に吹き飛んでしまい、
最後には(っていうか、こじれると)、
そういう泥臭い力だけが、
必要なものとして残るもんなんですな。


2009/10/14(水)
オンデマンド・ゲーム

取り次ぎ、小売りとの問題。
買い取り制の問題。
中古の問題。
在庫の問題。
さらに、
Webとの問題っていうか競争。
これらのやっかいの問題に
真っ先にぶつかったのが出版界だ。
でも、
これは出版界だけの問題じゃなくって、
新聞だって、テレビだって
ゲームだって、音楽だって、映画だって
例外ではない。
時間の問題、規模の大小の問題に過ぎない。
なので、
大先輩である出版界の動きは、
みんな注目しているところなのだが、
今のところ、
打開案を見つけたなーという感じがない。
むしろ、はた目には、
今まで以上に守りに入ってるなー、
今まで手に入れた
権利と利益を守ることに固執してるなー
とさえ映る。
他のメディアも同じような動向になるのかな?
だったら、つまんないな。
こと、Webとの関係に限れば、
競争とか対立とか戦争とかの関係じゃなく、
共存という視点を大前提にして
解決案を探していかないと
なかなか、
イイ着地点は見つからないんじゃないかな。

てなことより、
オンデマンドの出版のように、
オンデマンドのゲーム(世界に1つだけのゲーム)
を作ったらどうなんだろう。
売れるのかな。ほしいのかな。
単純な例では、
主人公以下登場人物、地名、アイテム名
すべてあなたが決めたものにします。
から、
あなたのキャラやシナリオ組み込みますよとか、
あなたの戦闘システムでやりますよとか、
あなた自身を出しますよとか、
そんなんまで。

いちど、
全く知らない人とのコラボなんてのもやってみたい。
ゲームは遊ぶのも楽しいが、
作るのは
その100倍も楽しいからだ。


2009/10/13(火)
荒れ地発電

風力発電や、太陽光、地熱発電などで
効率的に発電できる場所ってのは、
1年中雨が降らない灼熱の地獄、
しかも常に強風が吹き荒れ、
誰1人住んでいない僻地、
おまけに地下にはマグマが、、、
そんな荒れ地がうってつけ。
っていうあたりがおもしろい。
逆に、日本のように、
四季があり、風向き、風量、天候が
常に変化するような土地だと、
なかなか、効率の良い発電がおこなえない。
荒れ地の再利用ってところも、
クリーンエネルギーの評価できる点の一つだ。

残す問題は、
そんな土地で発電した電気を
どう貯めるか、運ぶかかな。

ついでに。
この間、テレビで感心したネタ。
自宅でチャージできる電気自動車が普及すると、
その電気自動車が、
「電池」として利用できるというアイデア。
例えば、
電気が余ったとき、余った時間帯は、
電気を安く買って、電気自動車に貯めておく。
自宅で、地域で電気が不足したときは、
電気自動車に貯めておいた電気を使う、売る。
電気自動車を動くバッテリーと考える発想だ。
これは、おもしろいなと思った。


2009/10/06(火)
14年前のレポート

自宅のノートブックのFinderが不安定で、
データが見えたり見えなかったり、
そのせいなのか、大昔の書類が、
トップに出てたのを発見!

なんと『ジャックと豆の木計画』への提出レポート
14年前!のレポートらしいんですが、
今思ってることと
あまり変わらないアタリが怖い。
全く進歩していない。
全く解決していない。
怖いのは、
おれの頭の中?ゲーム世界?

ちなみに結果は、
身内のような者だから
NGということで落選しました。
(ホントの理由かどうか???だけど)

ということで、以下はそのレポート。
今回、一人突っ込みを追加してます。
(長文です、ご注意を)



<最近のゲームについて感じていること>

今のゲームの市場を見ていると、
ハリウッド映画とコミケットの香りがします。

ハリウッド映画的な現象としては、
 ・○○○2、3といったタイトルをよく見受ける。
 ・無難な内容、システムの作品が多い。

コミケット的香りの現象としては、
 ・既成のゲームにあこがれて作った作品が多い。
 ・時々内輪受け的な内容を見受ける。
 ・伝えるための努力をしていない。

などを感じます。

これはきっと、
大人の「マーケッティング」や、
子どもの「あこがれ」だけで作った
作品なのではないだろうかという気がします。

で、私は、
そういう状況や作品に
「不満」や「退屈」や「怒り」
を感じています。
それでいて、この世界に
もっと深く入り込んでみたいと思うのは、
同時に「愛」も感じているためだと思います。

<どのようなゲームを作りたいか?>

自分は野球のピッチャーにたとえるなら、
球速160km/h の
直球勝負のピッチャーというよりは、
球種の組立でバッターをかわす
東尾系のピッチャーだと思います。
土建屋にたとえるなら、
一つの建物をより強く、高く、
精度を上げていくというよりは、
新しい工法と新しい建物を研究する
大成建設系土建屋だと思います。
お百姓さんにたとえるなら、
より品質のいい、より収穫率の高い
作物を作るというよりは、
ここも農地になるんじゃないかと
開墾を進めたり、
これも売り物になるんじゃないかとかする
八郎潟の農家系だと思います。

上に共通したものは「科学」だとおもいます。
 ↑というより、真の意味の「リアル」だね
残念ながら、ゲームの世界には、
まだうまく「科学」が
組み込まれていないような気がします。
プロ野球が、
「努力」と「根性」だけでは
やっていけなくなったのと同様で、
 ↑このころ、まだ野球は
  衰退の兆しくらしか見せてなかった、、、
ゲームにも「愛」と「夢」と「冒険」に
「科学」が加わるべきだと考えています。
 ↑「科学」だけじゃないと思うけど

<具体的には?>

今、自分の中では、AIがブームです。
 ↑あれは14年も前のことだったのか
実際にAIを使ったゲームも制作中です。
 ↑『がんばれ...』のことかな
僕の使っているAIは、
脳のシステムをモデル化したAIなので、
これを組み込んだキャラクターの嗜好や思考は、
乱数やフラグで制御されたキャラクターに比べて、
生き物のそれにずいぶんと近くなります。
このことは、
ゲーム全体の制御という点では、
不確定性を増しゲームバランスの揺らぎを
大きくしてしまうという弱点をももっています。
 ↑今でもそのアタリの事情は変わらない
また、
全てのジャンルのゲームに
適用が可能というわけではありません。
 ↑今でもそのアタリの事情は変わらない
逆に、
キャラクターに自立性を設けたりとか、
いままではゲームとして表現しにくかった
楽しみ(例えばペットを飼う)までを
ゲーム側に引き込むことが可能です。
 ↑このころ、まだペットゲーというのがなかった

<営業>

AI自体は、
学問上ずいぶんと完成されてきた科学で、
一般書もずいぶんと出ていますから
誰が勉強を始めても
理解にいたることは容易だと思います。
ただ、
この「科学」は、もちろん
ゲーム用に作られたものではありませんから、
外科手術用の精密な機材を
叩いたり曲げたりして、
釣り道具に加工してしまう
くらいのことをやらないと、
実際のゲームでは役に立ちません。

この辺のノウハウを得るには、
誰がやっても1年程度はかかると思います。
ですから、
この辺のノウハウと
ゲームについての姿勢をこみにして
査定していただけるとうれしいです。
 ↑若い!強気の売り込みだ!

他に、
手書きイラストやCG(2Dも3DもOK)を
描くことができます。
紙物のレイアウトから
写植、製版指定(DTPを含む)もできます。
 ↑写植!ふるっ
作業は迅速です。
必要なスタッフは自分で集めます。

雇うがわにしてみれば、
先行投資のつもりで使うに適した人間だと思います。
 ↑「私は未完成です」という売り込みは、
  聞いたことがないぞ!


1995/2/27
森川幸人


2009/10/05(月)
不自由さという軽さ

今売られているブルータスに、
4cm四方くらいで
『くまうた』が紹介されている。
もうずいぶんと前のゲームなのに、
密かなブームとか書かれるのはうれしい。
もっとも、
密かなブームとか
再熱の気配とか
ブレイク寸前とか来る予感
といった表現って、
ようは、
まだ売れてませんってことだけどね。

それはそうと、
今までに発売元に人気がなかった
弊社ゲーム、ワースト3に
『くまうた』『アストロノーカ』がある。
不思議というか皮肉な話だ。

最近ずっとTwitterなわけですけど、
Twitterは140文字しか書き込めないわけです。
もちろん、饒舌なことは書けません。
腹が減ったとか眠いとか
××食べたとかそんな程度の情報しか
伝えられない。
これは企画側からしたら
相当勇気がいったというか、
確固たる決意があったんだろうなと思う。
ユーザーに十分なパフォーマンスを与える
作り手はいつもそのことに苦心する。
広ければ広いほどイイ、
大きければ大きいほどイイ、
多ければ多いほどイイ、
そう考えがちだし、
そうせいという圧力が
全方向からかかるからだ。

しかし、
それは必ずしも正解でないようだ。
MIXIのようにほぼ無制限に書ける日記は、
いつの間にか、自由というより、
広大なタスクのように感じられてしまい、
精神的な負担となっていくのに対して、
140文字以内の「つぶやき」は
いつの間にか、
不自由さより、
どうせ大したこと書けないという
心理的軽さがうわまわってくる。

ボリューム至上主義ってのは
無意味だと言い続けて10数年。
なかなか、
その意思を押し通すことができないけど、
物足りなさを売り物にできたら、
商品としては最高じゃんとか、
今でも正しいと思っちゃうんだけど。


2009/10/02(金)
告知など

えっと、
今度の日曜日の番組にちらっとでるかもです。
(プレビューしてないので、どのくらい出るのか???)
どういうわけだか、
群知能について語るというポジションでした。

 10月4日22:00~23:30 NHK BSハイビジョン
 ハイビジョン特集
 「北の海にホッケが舞う ~群れ、その神秘の物語~」
 再放送 10月11日(時間未定)


今週は、首都大の子がインターンとして
うちに来てて、
お仕事っぽいことを頼んでたりしたんですが、
最後の日に、
ちょっと学校の課題っぽいことを
やってもらってみた。
美大の授業では、
よくあるタイプの課題なんですけど、
けっこう、
いい頭のストレッチになったりします。
ということで、
せっかくなので、ここで公開。

【課題】
DS用ソフトとして、時計アプリを
2時間で30個、考えてみる

【発想のお約束】
・常識にとらわれない
・すでにあるモノはいらない
・人のモノをマネしない、加工しない
・バリエーションを出さない
・退屈なモノ、ことは考えない
・売れる、売れない、受ける、受けないは考えない
・細かいことにとらわれない
・短所を減らすより長所を伸ばす

【アイデアのヒント、視点】
●何の時間を知りたいのか、何をの時間知らせるのか
・今の時刻?
・今までの時間?
・残りの時間?
・今の場所?
・誰の時間?

●時間が進んでいくのを知らせる
・時間が刻一刻と進んでいくことをどう表現する
・進んでいくのか、増えていくのか、
    減っていくのか、変化していくのか

●12進法、24進法、60進法の表現方法
・12、24,60(個)で1周期(1ターン)
    することを別に表現する

●時刻(数値)の表示
・数字以外の表現はないか
 例)2進法は、●と○で表せる

●時計の機能
・時刻表示、目覚まし、ストップウォッチ
    以外の使い方

●アナログ時計の一周とは
・一周することを別に表現する
・一周することを遊びにする

●2画面の使い方
・四角い画面と時計の表現の関係
・2画面の役割分担
・2画面の連動

●ボタン操作とスクリーンタッチ
・時計という機能とタッチすると
    いうことをどう結びつける
・タッチかドラッグか

●具象的なビジュアル以外の要素
・音での表現
・光での表現

●必要なとき(時刻を知りたい時)
 以外でも見てしまう要素
・つい、立ち上げてしまう
・つい、いじってしまう
・いつまでも立ち上げている




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