人間風車

2010/02/22(月)
自分らしさって何だろ

冬が終わったと実感した週末。
やれやれと思ったら、
花粉を実感した週明けの今日。
やれやれ。

そういえば、
個性とか自分らしさってなんだろう
って考えたことがない。
そんなものは、
追い求めるモノじゃなくて
結果そうなってしまうモノと
他人様が定義する、
いわば「あだ名」のようなモノと
思っているからだ。
素直に自分の作りたいモノを作っていれば、
結果(作品の履歴)が、
その人らしさとして現れるんじゃないか
とかそう思うっているからだ。

だから作ったモノが
モリカワぽくないと言われると困る。
あれ?いつもと同じつもりなのに?
自分が作りたいと思ったモノなのに?
モリカワぽいってなに?どこ?
と探し回ることになる。

作品じゃなくても、
性格だって価値観だって、
自分のことってのはわからないものだ。
だれだってそうだと思う。
わかりたくない、
という深層心理も働くので、
見つけても変形してたりするので、
余計にやっかいだ。
かといって、
他人からいわれる「自分らしさ」も
どうも同感できない。
偏見じゃない?、買いかぶりじゃない?
そう(自分を)信じられない、
そう見られたくない、
そう認めたくない自分が、
素直に受け入れようとしない。

まわりの売れている作家の人たちは、
自分から見た自分らしさ、
他人から見た自分らしさ、
あたりのバランスを
無理なく、うまく、帳尻を付けている気がする。
商品を作る身である以上、
そこらアタリのバランス感覚は
とても大切だと思うんだけど、
それも才能だ。
才能のない者には、なかなかマネできない。

結局の所、
そういう才能のない者は、
それ、ホントに作りたいモノなのか?
ってところを
くそマジメに追求していくしかないんだろうな。


2010/02/15(月)
ラーメンにハマる理由

東京は今日も雨。
しかも寒い。
まったくかわいげのない寒さが続いてます。
「どこが、温暖化やねん」と
つっこみたくもなるけど、
温暖化→海水温の上昇→偏西風の蛇行
って流れで、
ワシントンで豪雪、バンクーバーで桜

みたいなことになってるんでしょうね。
来年の冬が暖冬か極寒か、
それは蛇行した偏西風の端が掛かるかどうかに
かかっているわけで、
来年の東京が、
今年のワシントンみたいなことになることも
十分に考えられるわけで、
っていうか、
その前に今年の夏がどうなるかって話ですが。
ともかく、
もう「平年並み」なんてことが
レアな事態という時代になっちゃったわけですね。

相変わらずラーメンを食べ歩いています。
ラーメンという食べ物が好きっていうだけじゃなく、
次々に新しい試みを提案される世界への興味。
自分のラーメン趣味は、
後者の方がデカイんじゃないかと思う。
そのくらい、
東京では新しい味が提案され続けています。
とんこつ+魚介のWスープ、
濃厚なWスープと太い麺のつけ麺、
さらに野菜のポタージュを加えて濃厚化したベジポタ、
逆に、
ノスタルジックな醤油ラーメンの進化形の新東京醤油、
鮮魚のアラや貝で出汁をとった鮮魚系、
つけ麺からさらに汁気をうばったあえ麺、
イタリアンとの融合、
などなど、
休むことなく新しい試みが提案されている。

色物的なものもあるけど、
長く愛されるだろう、ちゃんとした試みも多い。
このとどまらない、常に変化のある、
エネルギーがあふれている感じが楽しい。

だからといって、さすがに、
「じゃー、オレもラーメン屋を!」
とは思わないけど、
せめて、食べる側として
一緒に歩いていきたい、
そのエネルギーを感じていたい、
そういう思いが、
ラーメンにはまらせてるんだと思う。

ラーメンに限らず、
「ああ、そういう手がありましたか」
「今度、どんなのがでてくるんだろ」
「これは体験したことがない!」
というワクワク感がある世界は楽しい。
消費という形での参加だけでも楽しい。
逆に、
「また、同じようなモノがでたか」
「最近、目新しいモノがでない」
ばっかりの世界はつまらない。
作り手という形での参加でもつまらない。


2010/02/12(金)
マスターアップ

プロジェクトがマスターアップした。
(今日、打ち上げ!)
例によって、
どういうゲームなのか、
どこからでるのか、
いつでるのか、
などについては、
守秘義務があるので言えないですけど、
一言で言えば、長かった~~~(笑)
(新宿の丸井のビル建設より時間がかかってる)
いつものことですけどね。

結果(作品)だけを見ると、
どーして、
このゲームにそんな時間がかかるの?
って言われそうだけど、
ああでもない、こうでもないと
作りながらビルド&クラッシュを繰り返すんで、
ついつい制作期間が長くなってしまうのです。
これじゃーダメだ、こういう作り方はダメだ
最初にこういう内容にすると決めたら、
変更なしで計画的に作らないとダメだ、
いっつも思ってるんですけど、
なかなかうまくいかないです。

仕様の段階ではおもしろそうでも、
いざ動かしてみると面白くないとか、
個々の要素はおもしろいんだけど、
全体で見ると、
バランスが悪かったり、
ボリュームがでかすぎたりとか、
ああだこうだする間に、
世の中のムード(市場動向)も変わったりとか、
仕様上では予測不能な事態が発生するからです。
そんなこたー、その業界でも当たり前、
それを前提に、
きちんとスケジュール通りに作るのがプロでしょ、
と言われたら、もー、ホントその通りなので
「すんません」というほかないのですが。
(実際に、よく、そう謝ってるし)

それに、
やはり時間を掛ける=イイモノになる
という法則(保証)は存在しないわけで、
市場との関連、
スタッフのモチベーション、
制作費(の回収のリスク)、
などなどを考えると、
早く作り上げる方がイイに決まっているわけで、
次回作(全然決まってないんですけどね)こそは
そこらあたりがんばるぞ!
と思っとる次第です。


2010/02/04(木)
社長力、仲人力

知り合いのうるまでるびさんが
twitterで「社長募集!」とかつぶやいている。
もの作りは任せとけ!
だれかそれを商売にしてくれ!
というつぶやきだ。
わかるなー、その気持ち。

アーティストの中には
卓越したセルフ・プロデュース能力を
発揮している人もいるけど、
やはり、そういう人は稀で、
たいがいは、
ビジネス面でのお仕事は苦手という人が多い。
人ごとでなく、自分もそう。
(なので、うちも本気で社長を募集してるw)

作りたいから作る。
でも、次を作るためにも、
それが売れないと困る。
それを見てもらえないと困る。
その流れを作ってくれる人が
クリエイターには必要。
ビジネスの能力と
クリエイターへの愛。

日本には、
すばらしいクリエイターはいっぱいいる。
きっと、
クリエイティブ系社長力に長けた人も
いっぱいいると思うんだけど、
なかなか巡り会えない。
(巡り会えても、企業内の人だったりする)
まずは、
クリエイターと社長力のある人を
お見合いさせられる人ってのが必要なのかな。
仲人力のある人?
そして、
そういう仲人仕事って、
われわれ中年オヤジの仕事なのかなー
とかもちょっと思ったりする。
おれはムリだけどね。


2010/02/02(火)
ですぎ?

韓国は、
独自の電子書籍化システムとハード
構築するみたいですね。
「鎖国」するなら、
このくらい気合いを入れて欲しいものである。

kindleいいーとか、
iPadほしーとか言ってたら、
消費者としては
"永延とハードを買い続けるはめになりますから"
どうかなーという意見をもらった。
たしかにね。
ハード出過ぎ感はある。
kindleやiPadの新しい装置だけじゃなくって、
携帯電話なんて
春モデル、夏モデルとかいってるのは、
ちょっとビックリする。
服じゃないんだから、、、
(っていうか、服もそういう違和感あるけど)
そういえば、
日本は車も家電もモデルチェンジも早い。
買い換えさせることで需要を掘り起こす。
買い換えないとついて行けないよと
脅して需要を掘り起こす。
常に「買わないと!買い換えないと!」と
背中を押し続けられている感じではある。
実際はほとんどのハードで、
旧モデルでもほとんど困らないのに。

ただし、
自分に関して言えば、
新しいモノ、新しいことには
なるべく早く接しておきたいと思っている。
商売柄、それが大事だと思っているからだ。
アイデアは、意外と
そうした外界の影響を受けるものだ。
(わたしは)
例えば、
iPadのスクリーンの大きさなら、
実寸の将棋の駒や麻雀の牌が表示できる。
(=ゲームとして使えるサイズで、という意味で)
「実寸」感を表示できることは、
とてもおもしろいと思っている。
だからなるべく早く触ってみたい。
スペック表を見ているだけではダメ。
システムや戦略を知るだけではダメ。
実物の大きさ、重さ、質感、ニオイ、使い勝手、
そういった五感全てから入ってくる、
物質感みたいなものが
インスピレーションを刺激してくれるから。

全ては、
そのための先行投資である!
と自分と経理のFを納得させて
今日も1クリックするのでした。


2010/02/01(月)
電子鎖国化

Padが電子書籍を売り出すために
新たにiBooks Storeを立ち上げると書いた。
が、しかし、どーやら、
日本発売のiPadには、iBooks Storeがないみたい。。。
日本の出版社が
iBooks Storeに参入しないからのようだ。
この事情は、
一連のgoogleの電子書籍化問題、
kindleへの不参加と同じだ。
これに対して、
大手出版社を中心に
日本独自の電子書籍化システムを作るらしいが、
概念以外、具体的な動きは聞こえてこないし、
それを受けるハードが作られているという
話も聞いたことがない。

売れない、売れないと嘆くけど、
新しい流れには拒否反応、即鎖国。
アタックしないでディフェンスのみ。
この体質はどうにかならんものかなー。

音楽の場合、
日本の音楽が供給されなくても、
(自分を含めて)
歌詞が英語でわかんなくても全然大丈夫、
つまり、
海外のコンテンツだけで十分ってところがあったけど、
本ではそうにはいかない。
日本(語)の本が出てくれないと
どうにもならない。

雑誌や新聞が、
電車のつり革広告見た瞬間に、
車内で買えたり、
教室でファミ通買えたり、
「あずみ」全巻持ち歩くけたりとか、
そういう環境ができたらどんなに
本を買うことの敷居が下がることか
とか思うんですけどねー。




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