人間風車

2010/07/28(水)
奪うゲー

テレビCMでもやっているので
知っている人も多いと思うけど
怪盗ロワイヤル」というソーシャルゲームがある。
実は自分もCMで知ったくちだけど、
相手(リアルな他人)からアイテムを盗むゲー
と聞いて興味を覚えた。
というか、ビックリした。
今ではゲームは、
他人と「つながる」ことがとても大切な要素なので、
チャットできたり、
アイテム交換が出来たり、
協力プレイが出来たりすることは
当たり前の機能となっている。
しかし、その目的は
Win Winの関係というか
楽しく一緒にやりましょ!
というデザインになっている。

不特定多数の他人からアイテムを盗む。
なんてのはゲームでは御法度だった仕組みである。
(今までにもあるにはあったけど、
メインの遊びにしたものはなかった)
ちょっと考えると、
そりゃー、あまりに殺伐としすぎるでしょ。
遺恨が残らないのかなー、
盗んでも盗まれても後味悪くないかなー、
場が荒れないかなー、
などと心配になる。
が、今現在とっても人気があるゲームなわけだから、
そんな心配はご無用だってことだろう。

そこが不思議なのだというか驚きなのだ。
自分がソーシャルゲームをやらない人間なので、
そのあたりの感覚を全然わかんないでいる。
わからないから全面的に否定するのも
わからないから盲目的に迎合するのも
老害の1つだと思うので、
もちっとちゃんと整理し、理解できるように
しないといけないなと思ってる次第。
(ガラ携買うかなー、、、)

永らくコンシューマゲーム界という
「ガラパゴス」にいたせいで、
すっかり世間(ソーシャルゲーム)の感覚を
失ってしまっているのかもしれない。
ソーシャルゲームはあだ花だと
認識するのかもしれない。
大切なのは、
自分でちゃんと体感してから結論すること
と日記には書いておこう(ふるっ)


2010/07/26(月)
小さくなあれ

ゲーム業界は、
ファミコン時代にもどれないのだろうか。
映像、音声演出がリッチになって、
いろんな処理が高度になって、
ボリュームが増えて、
その分ゲームはおもしろくなっただろうか。

ゲームももっと小さくなるべきじゃないかな。
何時間も遊べるとか
終わるまでに何十時間もかかるとか
もはや「売り」ではなく「欠点」だと思う。
そのまんま、
ファミコン時代のサイズに戻せばいい
ってわけじゃないけど、
ファミコン時代より
ふつうの人の遊ぶ時間が少なくなっている現在
(総時間は減らなくても断片化している)
やりごたえ、やり込み度っていうのは、
時代に逆行しているとさえ言える気がする。

小さく作ることは作り手にもメリットがある。
ゲームのコアがはっきり見える。
そこだけしか作れないからだ。
幕の内弁当にはなりえない。
制作期間も短くなり、コストが抑えられ、
トライ&エラーがしやすくなる。
トライ&エラーの量×速度=進化である。

スタンドアローンで遊ぶっていうのも
もうダメなのかもしれない。
同じゲームを遊んでいることが
コミュニケーションのネタになる。
ゲームはコミュニケーションのための道具。
そう考えるべきなのかもしれない。

小さい、つながってる。
この2つの要素は、
携帯電話用のゲームが圧倒的に有利。
容量は入らないし、処理能力も小さいから
ゲームは小さくならざるを得ない。
一方、なんの手続きもナシに通信できる。
(っていうか通信装置である)
足りないのは、
ゲーム自体に対する「愛」くらいなものだ。
(もちろん、独断と偏見)
これは、
ゲーム作りに「愛」を持った人が
そちらに参入していけば、
あっさり解決する。


2010/07/23(金)
職業病

昨日テレビでチラ見してただけなので、
間違ってたらごめんなさいよー。
例の年金未払い問題で、
過去の紙書類を電子化している際に、
企業のIDの付け方が
あ→...→ん→ああ→...→んん→あああ→...
てな感じだった。

なんでひらがなでIDつけるのかな。
そういやー電車なんかもひらがな使うけど、
なんでだろ。
例えば、「あてこもせ」って、
一体いくつか、瞬時にわからないじゃない。
「あてこもせ」と「あてすとの」
どっちが小さい数字なのか、
瞬時にわからないじゃない・

さらに最初に桁数を決めないで、
1桁目が終わったら2桁目、
2桁目が終わったら3桁目、
という付けたかもどうだろう。

なんで通し番号、
現在の企業数の100倍くらいの桁数、
頭何文字分かは、地域や企業種識別子として使う
とかにしないんだろう。
例)001-001-0000000001
せっかく電子化したのに、こんなIDの振り方じゃー、
後で資料のソートや解析をしたりするのに、
煩雑になっちゃう気がするんだけど。

ゲームの仕事のかなりの部分はデータ作りだ。
あので、
そのデータリストの出来具合が
ゲーム全体の作業効率に大きく響く。
なので、こういうIDの振り方とか見ちゃうと
つい、反応してダメだししてしまう。
関係ないのに。
(あ、直接はね、という意味)
職業病だなー。


2010/07/20(火)
もーしょ

今年の夏は冷夏になるって、
長期予報は言っていた気がするけど、、、
でも、まー、
蛇行した偏西風
下がった部分がかかれば冷夏、
あがった部分がかかるれば猛暑
になるわけだから、
気象庁を責めるのは酷だ。
(蛇行の予測はむつかしい)
偏西風、別の名を貿易風。
中緯度に常に吹いている西よりの風。
安定した流れなので、
それに乗っかるだけで
航海が出来ることからこの名が付いた。
のは昔の話。
今は蛇行が激しい。

それにしても暑い。
東京では日中の運動は、
避けるようにというお知らせが出てるくらい。
年寄りや子供だけじゃなく、
是非、お願いしたいのが、
ワンコの散歩。
どうか、日中の散歩はやめてもらいたい。
コンクリートの温度は50度を超える、
輻射で地上30cmまでは、気温がさらに高い。
毛むくじゃらのワンコは体温調節もむつかしい。
なので、是非、ワンコのためにやめてもらいたい。


2010/07/13(火)
勝負のあや

民主党がふるわなかった。
申し訳ないけど、ほっとしている。
もし、
菅首相になったときのような
人気のまま大勝してたら、
おれはけっこう引いてたと思う。
なぜなら、
今回の参議院選挙は、
この10ヶ月の民主党の業績に対する評価
という意味合いだからだ。
菅さんの「人の良さ」みたいなものが
それを上回ってしまうようなら、
やだなーと思っていた。

しかし、
やっぱりみんなバカじゃない。
マスコミは民主が
消費税の問題を持ち出したから負けたというけど、
たぶん、
持ち出した後のつっこみに対して、
菅首相がうろたえたことが、
それが前の鳩山内閣の迷走、狼狽を
連想させちゃったこと、
民主党のこの10ヶ月を思い出させちゃったこと、
その結果、
みんな冷静になった。
ってあたりが敗因だったんじゃないだろうか。

それはそうと、
これで参議院の与党は
民主106+国民新党3=109
参議院の過半数は121なので、
残り12議席が必要。
この議席を持つ政党が、
与党に入ることを条件に、
大きな権利を得ることになるので
みんなの党は大チャンスだったわけだけど、
みんなの党の議席は10。
2つ足りない。
これでは圧倒的な権利は得られない。
みんなの党にしてみれば、
民主+国民新党が過半数を取れない、
自分のところは2桁いく。
とまでは、想定していただろうけど、
民主が想定外の敗北になってしまったわけだ。
なんと運のないこと。

善戦!といえばそうだし、
影響力は残るのも確かだろうけど、
このちょっとの「勝負のあや」は大きい。
勝負事って、どういうわけだか、
こうした「あや」が、
未来に決定的に影響することが多い気がする。


2010/07/07(水)
窮屈

NHKの相撲中継中止かー。
不思議なのが、
マイTL(@ツイッター)がとても静かなこと。
みんな当然だと思っている?
相撲に興味がない?

不祥事を起こした人や
その管理にあたる人が
責任を問われるのは当然だけど、
相撲協会自体の不祥事じゃない今回の事件、
全体責任を問われるのはどうかなー
ムードに流された決断じゃないのかなー
とか思っちゃう。
こんなことしてたら、
いずれ夏の高校野球大会も中継中止とかでそう。

なんか、こー、
正義正義で、
世の中が窮屈になっていくのがちょっと怖い。
こういう窮屈さの先に、
「戦争反対」とか言えなくなっちゃった時代が
あったことを思うと怖い。

あいまいさを緩衝材として残すことは
悪いことなのだろうか。
許すとか緩いとかあいまいとか、
今では悪い仕組みの代表的要素みたいに言われるけど、
何もかも白か黒に分けないとダメなのだろうか。
西洋文化の2価値主義は日本人に会うんだろうか。
柳が風に揺れるように
柔らかいシステムってできないものだろうか。

もっとも、
そういう緩さを許すってことは、
逆に管理がとても難しくなるってことだけど。


2010/07/06(火)
母校の討論会

母校の討論会を見てきた。
在学生、OB、大学が協力して、
母校のブランディングをしよう
というプロジェクトについての討論会。
どうなるんだろうなーという
垣根越しに見させてもらっている立場なんだけど、
なんだか、いろいろ考えさせられた。
(っていうか考えさせられ中)

討論は序盤から、
在学生:OB、大学という立場の違いから
意見が分かれる。
討論の主題が、
ブランディングの具体的なアイデアということより、
どちらが主体なのか、
誰のためなのか、
なんのためなのか、
という原点について意見が出され、紛糾。

討論が白熱すること自体はよいことだ。
お父さんくらいの年齢の人たちと
堂々と意見をぶつけ合う姿もOKである。
お互いの距離感、立ち位置、視線、温度
みたいなのを確認し合う意味で、
一旦関係がぎこちなくなるのも
コラボレーションの、
いわば、
必須の通過儀礼のようなものだ。

ただ、
ちょっと気になる(ツイッター上の)意見もあった。
(今では当たり前のUST生中継があった)
「ノーギャラだと、どうしても制作者側には
「趣味」のような感覚で
ブランディングに取り組みそうで嫌だなあ」
とか
(今回は)
「学生主催なんだから...学生の意見が欲しいなら、
大学が責任をもって主催すればよかったのに」
などの意見。

趣味のようなノーギャラ仕事とは違う、
真剣なノーギャラ仕事ってのもあるんだよ。
ギャラは仕事の価値の1つでしなかくて
全部じゃないんだよ。
ってあたりは、
逆に学生のときのほうが
理解しにくいのかもしれない。
また、
誰が言い出したとか、誰が主催したとかは、
コラボレーションの場合、
どうでもいい話だ。
極端な話、
誰がお金を出したかですら、どうでもいい。
こっちとあっちみたいに
まずお互いの立ち位置を分けてしまってから
話を進めるとこういう話は、
なかなかうまく進まない。
こうしたことも、
実経験の中でしか体感できない、
知識と言うよりは知恵みたいなものだから、
なかなか、
キャンパス生活の中で
理解するのは難しいだろうなー。

どんな議論でも、
アイデアを膨らませる時期と
アイデアを絞り込む時期がある。
まずは、膨らませるだけ膨らます。
その後、現実に即して絞り込む。
この手順が、
一番いいアイデアが出るような気がする。
逆の手順、あるいは同時並行だと、
どうしてもアイデア自体が
やせてしまうことが多い。
昨日の段階だったら、まだ、
アイデアを膨らませるに徹する
ってことでも、
よかったのかもしれないなと思った。


2010/07/02(金)
おかえり

Wカップのメンバーがにこやかに帰ってきて
ホントによかった、よかった。
それにしてもみんな大人だなー。
180度というか540度くらい
手のひらを返したマスコミに対して
みんなにこやかに対応しているんだもの。
おれだったら、
いじわるなことを一言くらい言っちゃうと思う。
彼らにとって、
マスコミってのは慣れた友達、
ちょっと困ったちゃんだけど大事な友達、
っていうか、彼らとのつきあい云々自体、
サッカーの前では小さなことなのかもしれない。

今回の彼らの活躍で、
日本サッカー人気は10年は安泰だろうな。
Jリーグがどうかは知らないけど、
サッカーをやりたいという子供が
いっぱい増えただろうし、
やっぱり、サッカーを続けようと
決意を新たにした人もいっぱいいただろう。

サッカーに限らず、なんでも、
お客さんの数ばかりが問題ではない。
むしろ、
それをやる人、それを作る人の数と質が問題だ。
その人口が増えないところは、
結局傾く。
大相撲なんかも、根本的にはそこが問題なんだろう。
目の前のお客をどうするかってことと同時に、
次の担い手を積極的に集め育てほしい。
ゲーム業界はいまだ就職希望が多いらしい。
(前に某大学で講義したときも、
みんなの最大の関心事は、
どうやったらゲーム業界に入れるかだったw)
それはすばらしいことだ。
いつまでもそうであってほしいし、
入ってからも、ちゃんと育ててあげて欲しい。




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