人間風車

2011/03/31(木)
まだ早いんじゃないでしょうか

マスコミ報道やツイッターのTL上に
原発要不要論が流れ出した。
震災のショックが一段落して、
みんな
震災ナウから復興ナウモードになってきて
新しい仕組みやルール作りの提案がされている。
その中の1つとして
この先、原発どーすんのよ?
という話が出てきているんだろう。

個人的には、まだ、
原発のことを話すのはちょっと早い気がすると思っている。
1つは
原発がまだのっぴきならない状態だということ。
この対策が一段落するまでは
気持ちが落ち着かない。
もう1つは
今の節電、停電生活を1シーズン経験していないこと。
特に夏場を超えていないこと。
夏場を過ぎた頃、
つまり電気消費がピークの時期を終えた秋、
そういう生活が始まって半年すぎたくらいの秋、
そのときにどう思っているか。
意外と節電も停電も慣れるもんだよね、
と思っているかも知れないし、
いやいや、これは大変なことだぞ
と思っているかも知れない。
そのとき(秋)が、そういうことを話すに
ちょうどいいタイミングなんじゃないかなと思う。

危険性、経済性といった「理屈」とともに、
実際にそういう生活を送ったときに感じる「実感」、
それも、
原発について考える1つの要素にしないといけないと
ちゃんと判断できないのではと思っているのです。

ただ反対というのは簡単だけど、
じゃー、どうしましょ?
という代替アイデアまで考えてないと
ことは進展しないと思う。
また、原発の批判は具体的、
でも、代替アイデアは夢物語、
これではバランスが悪い。
さらに、
こうしたことを考えるには「平常心」で考えないといけない。
わたしたちはまだ、
全然「平常心」にもどれていないんじゃないだろうか。

ついでに、
犯人捜しももう少し待った方がいいと思う。
そりゃー、きっと国や東電にも落ち度はあったのでしょう。
でも、今は、
それを暴いたり裁いたりするフェーズではない。
今はともかく、
彼らに事態を収束させることに集中してもらいたい。
集中させてあげたい。
彼らしかできない作業だからだ。
一段落してから、
反省なり制裁なりするで遅くないと思う。

こんなことを書くとまた
原発推進派に見られるのかな(笑)



2011/03/29(火)
ブームにしないようにしないとね

被災者支援をブームに終わらせないように
しないといけないね。
被災者支援をタイガーマスク支援のように、
一過性の祭りにしてはいけない。
もう1ヶ月もすると、
テレビや新聞、雑誌で被災記事が報道される量は
うんと減るだろう。
そんときからが勝負なんだろう。
復興にどのくらいかかるのか全くわからないけど、
年単位であることは間違いないだろう。
支援も年単位で考えないといけない。
瞬間風速的な支援は、受け手にも迷惑だろう。

これから何年も支援していくのだから、
そのためにはどうする。
という100m走じゃなくマラソンをする気持ちで
いろいろな意味でのペース配分を
今からしていかないといけないだろう。



2011/03/24(木)
みんな迷っている

みんな迷っている。
安全なのか危険なのか。
政府の発表を聞いてもわからない。
ネットで識者の発言を集めてもわからない。
どこがわからないか。
いや、わかるけど、不安が残るのだ。
不安を残すのは、彼らの言葉だ。
「ただちに健康に影響がでるわけではない」
ただちにはないにしても、ゆくゆくは影響あるの?
「念のため、幼児は摂取は控えるように」
「でも、飲んでも問題はない」
じゃー、どっちなの?
こんな発言の後に
「慌てないでください」
って言われてもねー。

マスコミがより刺激的な表現が好きなのは
今に始まったことではない。
もー、受け手である自分たちが
そのあたり、ちゃんと学習しないと。

たとえば、昨今の野菜汚染問題。
茨城のほうれん草は、
「基準値の12倍、24000ベクレル!」
と報道される。
ようやく、
ミリシーベルトとマイクロシーベルトの
区別がつくようになったところで、
こんどはベクレルかい!
付着したのがヨウ素131とわかっていながら、
しかもそれが
食べたとき、つまり内部被曝が問題とわかっているとき、
なんであえてベクレル表記にするのか疑問でならない。
簡単にシーベルトに換算できるからだ。
例えば、こういうサイトで自分でも換算できる。
上のほうれん草は、シーベルト換算だと
528マイクロシーベルト!マイクロですよ!
しかも1kg食べたら、ですよ!
しかも、
ヨウ素131は8日で半分になっちゃうんですよ!

これじゃー、インパクトがない(笑)
だからマスコミは
「基準値の12倍、24000ベクレル!」とする。
そう考えるのは意地悪すぎ?



2011/03/23(水)
一難去ってまた一難

(一難去ってまた一難)×繰り返し、、、
のような日々っすねー、全く。
昨日から今日なんて余震まで、、、

野菜や牛乳、魚から検出される放射線量も気になりますが、
それよりも、
最初に水素爆発したときに外に漏れた放射線量と
今観測される放射線量との増減が気になります。
増えているなら、
これはまだどんどん漏れているということですから大変!
すぐに漏れているところを見つけてふさがないといけない。
変わらない。
これはちょっと心配。
放射性物質特にヨウ素131は、
だいたい8日で半分になるので、
12日の水素爆発で放出されたヨウ素131は
もう半分になっているころ。
他の放射性物質も拡散していくでしょうから、
それが同じだとしたら、
まだ漏れているということですから。
減っているならちょっと安心。
12日に放出した分が今検出されているだけで、
新たな漏れはないと見られるからです。
(もちろん、減り方にもよりますが)

東電の放射線モニタリングのデータはこれ
減ってはいるようですが、
これが残っている放射性物質の自然な減衰の割合なのか、
つまり漏れていないのか、
まだちょこっと漏れているから「減りが悪い」のか、
素人の自分にはよくわかりません。
(ちなみに理数に弱い人は
下のグラフの方が一般のグラフだと思ってください)

食べても安全か、外出しても安全か以前に
まだ漏れているのか漏れていないのか
漏れているとしたら、それはどこからで、
どのくらい漏れてるのか、
それは止められるのか、いつ頃止められるのか
ホントはそのあたりをちゃんと説明して欲しいですけどね。

補足:
セシウム137の半減期は30年!ですので
それがついた野菜や魚を食べちゃうと
30年も体内で被曝する!と騒いでいる人がいますが、
これは間違い。
セシウムはヨウ素のように体に必要ない元素なので、
体にとどまることなく、外に排出されていきます。
専門家の一般的な見解は、影響があるのは
およそ100日程度です。
もちろん、3ヶ月強もか!という見方もできます。



2011/03/18(金)
準備せよ

すでに復興モード。
原発はまだ震災状態だけど。

連日、被災地の悲惨さを伝えられ、
支援する人たちの姿が映し出され、
みんなのつぶやきに圧倒され、
それに対して、
大したことをしていない自分に対して、
責任を感じたり、ふがいなさを感じたり、
でも、現実どうすることもできない。
そのジレンマに苦しんでいる。
きっ誰だってそうでしょう。
自分もそうです。
ただ、自分は、
その居ても立ってもいられない気持ちを
そのまま被災地に持っていってしまうのは、
間違っていると思っています。
また、
たぶん、そう苦しむ必要はないとも思います。
それは、
東北がちゃんと回復するまでには
年単位の時間が必要だからです。
支援する方も、そう覚悟して体勢を整えないといけない。
今すぐ手伝えることがなくったって、
いつか必ず自分にできることが見つかるはずです。
(いつも被災地のことを気に掛けていればね)

もう1週間もすると、
テレビをはじめ報道は、
今回の震災をとりあげなくなっていくでしょう。
勝負はそこからだと思っています。
それとともに支援が、
フェードアウトしていってはいけない。
支援が「ブーム」で終わってはいけない。
年単位で支援していくんだぞ、
という気持ちを強く持って
今すぐやることのない人は静かに力を貯める。
第二陣の支援者となるために準備する。
そういう支援の仕方もあると思うのです。



2011/03/17(木)
正しく怖がれ

さて震災直後のショック状態から、
みんな少し脱して、
どう復興するか、どう援助するか、
自分は何をすればいいのか、国はどうなるのか、
そんなことが
冷静に考えられるフェーズになってきました。
と同時に、
反省や責任追及の動きも出てきましたが、
原発がまだあの状態なので、
こちらはまだ早い気がします。
東電が萎縮してしまって
ちゃんと判断できなくなったり、
ちゃんと報告できなくなっちゃったりする
可能性があるからです。
事故が完全に収束してからでも
反省や叱責は遅くないでしょう。

さらに、
とくに原発事故問題がそうなのですが、
やたら恐怖やリスクを煽る輩がおります。
もちろん、
今起きている事故に危険性がないわけではないし、
それに対して、
自分自身も全く恐怖を感じていないわけではないです。
ただ、こういうときはいつも、
ちゃんとした知識でもって、
ちゃんとした判断をしないといけない。
「原寸大」の危険として把握しないといけない。
怖がるにしても安心するにしても、
それからだ。
と心がけるようにしています。
「正しく怖がれ」ということですね。

そういうお手伝いができればなーと思い、
原発周りの解説をちょっと書いてみました。
核分裂とか原発とかそこらへんの解説
なんかのお役に立てたら幸いです。



2011/03/14(月)
今できること

それにしてもこんな時、
犯罪や暴動が起こらないのがすごい。
日本人、えらい!
ノーと言えないくらいなんだ、というくらいエライ。

今、自分にできることはなんだろう。
揺れる心のままに行動することは
あまり良い結果を生みそうにない。
で、とりあえず、
静かにしていることと
(特にTwitterでのつぶやき自粛)
節電に心がけること
(電気を使う時間帯をシフトするだけでも効果がありそうだ)
とした。

アプリなどを無料提供することも考えたが、
電力を消費する遊びなので、
これもちと正しくない。
売り上げの寄付も考えたが、
売り上げの額と寄付を受け付ける側の
手間との間でバランスが悪い。
寄付はこの先、ずっと必要だろうから、
もう少し落ち着いたところで、
受ける側の手間の掛からない形と額で、
改めてすることにしよう。

被害を受けていない自分たちが、
平常通りの仕事をすることも
立派な支援だと思う。
日本全体の力を蓄えないといけないからだ。

ともかく、冷静に落ち着いて。
だね。
支援はこの先、長いこと必要になるだろうから。



2011/03/07(月)
連立方程式

自分がやりたいことと
世間がほしがっていることのギャップ。
モノを作る人なら、
必ず、ちょっとはそのギャップに苦しむはず。
とくにアートではなく商品として作る場合、
自分が納得いくモノとお客さんが納得いくモノ
その両方を満たさないといけない。
当然、単純な足し算ではなく、
自分の好みと世間の好みが真逆な場合もあるので、
あっちを立てればこっちが立たずと
いっつも
その連立方程式を解くことになる。
問題は、もし、
自分の好みと世間の好みが反発しているとき、
どのくらいの割合のところで着地点を見つけるかだ。
お客様は神様であり、
世間の求めるモノを作るのが仕事と考えるなら、
自分:世間=1:9の割合かも知れないし、
自分のことを気に入ってくれてる人だけに
買ってもらえばいいと考えるなら、
自分:世間=9:1の割合かもしれない。
もちろん正解はない。
その人ごとに決めるしかない問題だろう。
(年とともに変わって来るしね)
ただ、
「自分はホント違うと思うんだよね」
なんて思って作っていると
そういう気持ちって作品に乗り移っちゃって、
すぐにばれてしまうので、
上のせめぎ合いは、
ギリギリの気持ちでやらないといけない。
自分の思い、世間への思い、
その両方に対していっぱいいっぱいの気持ちで向き合って、
もー、この着地点しかない
そう思えるところに着地しないといけない。

ここは結構しんどい作業で、
毎回苦しんでいるんだけど、
未だに、全作品に通じる「解」は見つかっていない。



2011/03/03(木)
例のカンニング問題

例の携帯電話を使った受験不正の件。
電子デバイスを使ったとか、
インターネットを使ったとか騒いでますが、
不正をして受験した。
ただのカンニング事件である。
と思うのです。
それ以上でもそれ以下でもないと。
隣の人の解答をのぞいた、
懐に忍ばせたメモを見た、
他の人からそっと教えてもらったのと
同じカンニングだと。
こうした問題に限らず、
電子デバイスを使ったり
インターネットを使ったりすると
特別な犯罪、深刻な犯罪というとらえ方をするけど、
それってどーなんでしょうね。
注)
カンニングを擁護しているわけじゃないですからね。
カンニングはもちろん悪いことと思ってますからね。

それはそうと、
なんで
受験会場への携帯電話等電子デバイスの持ち込みは不可
にしないんでしょうかね。
電波が届かなくしたって
スマートフォンになれば
中に辞書や電卓など、なんだって入れられるわけだから、
外部と遮断すれば安全なんて話にはならない。
受験生を犯罪者のように見たくない
と誰かが答えてましたが、
性善説とか人権保護と
不正防止の措置をごっちゃに考えるのは
間違っていると思うのですよ。

いっそ、逆に、
他の受験生の迷惑にならないものである限り、
あらゆる装置の持ち込みもあり、
人脈、IT技術を含む、
自分の総力を用いて受験に立ち向かう
(その分、問題を難解にする)
ってのも、おもしろいかもと思った。
実際、
社会で求められるのは「答え」であり、
そこにたどり着く「方法」や「道順」ではないのだから。

まー、そう考えると
そもそもあんな試験で人を選別するなんて、
っていう受験の本質に関わって来ちゃうんですけどね。





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