MMTV What's muumuu

Dr.森川の人間風車



#588 アウトザイダー・アート



2003.06.23updated


old topics index


人間はどうやって、絵を創造するんだろう。
神話や思想や具体的な対象物を
写し取るタイプの絵ならわかるが、
そうでない絵はどういう過程で生み出されていくんだろう。
例えば、ダリは、
よくオブジェが杖にもたれてかかっている
というシーンを描くが、
これは彼の精神的な疲労を表しているとかなんとか、
よくいわれる。
そういう精神状態を象徴するってことは確かにあるだろうが、
全ての絵が精神的エネルギーを前提というか
背景にしているんだろうか。
絵を描く人なら誰でもそうだろうけど、
絵を思いついた瞬間は、
そうした精神状態から導かれているという自覚は全くない。

アブストラクトでない限り、
想像の世界を描いた場合でも、そこに描かれる家や風景、
人などは、
それまでに自分の中の映像ライブラリーから利用される。
どの絵が利用されるか、どう加工されるかは、
意識的な場合もあるし、無意識の場合もある。
しかし、その出発点がどちらであっても、
たいがいは、その後の「創作」の過程で、
意識というか知識というか常識というか定石というか、
そういう意図的な力が働くのが一般的だ。というか常識人だ。
構図をかっこよくしたり、わかりやすくしたり、
あえてデフォルメしたり印象的な色を置いたり、
流行のモチーフを使ったり、
キャンパスに入る大きさにし、
あるいは小さすぎないようにしと。
絵を仕事にすると、絵を幾度も描くと、絵について学ぶと、
こうした余計な、
たいがいの場合つまらないフィルターを
無意識のうちにかけてしまうので、
注意しないといけない。
っていうか、フィルターをかけないようにと、
意識している時点でダメなのだが。
ところがそうしたこの(つまらない)
常識の壁を易々と越えてしまう作家達もいる。
たいがいの場合、軽い知的障害を持った人たちなのだが、
(知的障害者というカテゴライズする意味が
全くないのにと思うのだけど)
彼らはそうした才能を持っていることが多いようだ。
我々凡人、常識人には、
彼らのようにひょいと常識の外に
飛び出すことはできないのかもしれないけど、
少なくとも、そうした作品に
「感じる」権利だけは与えてられているようだ。
アウトサイダー・アート






-