連休中も一生懸命がんばりますた。
10月に入ったら絶対に休んでやるぞ。
上海かホーチミンか台南か沖縄か勝浦か
本栖湖か伊勢丹か紀伊国屋か、、、
どっか行ってやる。
そして、
いらないといっても、自分にご褒美をあげてやる。
(意味不明)
●
『ほぼ日』に
”球団側が、いちばん最初に発表したことが、
彼らのいちばんしたいことだった、ということです。”
なんて書かれてるじゃないですか。
さすが。
この一言で総括されちゃってるので、
何も今更言うことはないですと言えないあたりが、
野球ファンの悲しい性。
こういうとき日本人は徹底的な話し合い
(での解決)をと世間はいう。
たしかに十分な話し合いは必要だ。
話し合いが出発点とならないといけない。
しかし、終着点はどうかというと、
個人的には、
今回のようにこじれたときは特に、
強烈なリーダーシップに頼るべきだと思う。
強烈というのは、
地位や金があるとか声がでかいとかいう意味じゃなくって、
もちろん、強烈にセンスと感度のいいという意味だ。
今回で言えば、
「コミッショナー、決めてくださいよ」
が一番すっきりした着地点であったはずだ。
ただ、
世間は、コミッショナーがヘタレだと非難しているけど、
決済の権限が与えられてないんだから仕方がない。
コミッショナーに権限を与えない野球機構が問題だ。
(もっとも、厳しい言い方をすれば、
権限が与えられてないのに、なんで就いたのって話はあるが)
同様に、
兄弟が殺された事件でも
児童福祉センターが非難されたが、
今の法律では児童福祉センターには
子供を守る権限が与えられていないのだから、
ある意味仕方がないといえる。
(もっとも、厳しい言い方をすれば、
じゃあなんで権限を与えろと
戦わなかったんだって話はあるが)
日本の和を以て尊しとなす社会では、
個人が権限が持つのを嫌う。
(代わりに責任も問われない)
こうした社会で強烈なリーダーシップによって、
事態の解決を図るのはむつかしい。
規模は全然違うけど、
同じような苦い経験したことあるからなぁ、
権限を与えられない側にも
ちょっとだけ同情(感情移入)してしまう。
それはそうと、球団代表者は、
ファンだけじゃなく選手にも謝るべきだった。
長時間の交渉のため、
彼らが精神的に疲れたり、
練習や試合ができなくなったことを謝るべきだった。
彼らは、何が自分たちの商売道具なのか、
ホントわかっていない。
やっぱりやり手は後出しジャンケンのタイミングがうまい。
スーツを着ているあたりもうまい。
偶数球団にするためには、新球団は奇数個じゃないといけない。
常識的に言えば、
●天かライブ●アーのいずれかということになるだろう。
となると、本業やスポンサードの経験からいっても、
●天が有利だろう。
仮に、2006年なら両者ともとなっても、
2005年中に話題性がなくなってしまう可能性があるとなると、
ライブ●アーとしては、うまみがないだろう。
今更、手をおろせないだろうし。