ドリフターズが久しぶりに集まって、
「作り込みのコントもいいね。
ただ、放送してくれる放送局があればの話だけどね」
と話していたらしい。
そういえば、
テレビで作り込んだコントをやらなくなって久しい。
漫才もあまりみなくなったなー。
笑いは、ほとんど、
トークーショーの形になってしまったので、
アドリブでおもしろいことを言える芸人しか生き残れない。
ちゃんとした台本をちゃんと演じきる、
そういう芸人さんたちには受難の時代のようだ。
テレビというか、見る人というか、
そちらの価値観は絶えず変動しているので、
私たちはこれが好きだから、
私たちはこれをおもしろいと思うから、
私たちはずっとこれをやってきたから、
という「止まった」価値観とは
どんどんずれていってしまうんだろう。
それはそれ、
生き様として否定するつもりは全然ないけど、
(むしろ好きだけど)
ことビジネスという観点から見ると、
あまりよろしくないようだ。
こうした「失敗」は芸人の世界だけにあるわけでなく、
どの世界にもあるはずだ。
自分たちももちろん例外でない。
特に、
1度でも売れたことがある
つまり成功体験があると、
売れなくなるとつい過去の成功体験に頼りたくなる。
ますます、
過去の成功例にしがみつく。
一旦脱出していてもそこに戻ってしまう。
でも、
価値観がずっと動いている以上
昔の場所にもどっても、そこにはもう何もない。
こうした「失敗」もまた
どの世界にもあるはずだ。
テレビの前で作りこんだコントを見ると言うことは、
見る側にそれなりのテンションを求める。
しかし、今ではテンション高く
テレビの前にいる人はあまりいないんだろう。
今!日本語で!しゃべっていることが
字幕として表示される時代だ。
相当見ている側のテンションは低い。
良くても悪くてもそれが今のテレビの現状なので、
テレビに対する見る側の意識が変わらない以上、
再び、作り込んだコントが
テレビに登場する日はないだろう。
同じようなことはゲームにもいえるはずだ。
ゲーム機に対するお客さんのテンションは
ずいぶんと変わってきていると想像できる。
昔のような作り込んだ作品は受け入れられないのか。
それとも、
ゲーム機はまだ、あるいは再び、
作り込んだ作品しか受け入れられないのか、
意外と自分の世界のことは見えなかったりする。