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1999.03.16 old topic01 old topic02 old topic03 |
第4回 「名波 浩」のよくわからなさ
今年もJリーグサッカーが開幕しましたね。久々の「エビ」は、サッカーの話でもしようかと |
第4回 「名波 浩」のよくわからなさ
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今年もJリーグサッカーが開幕しましたね。久々の「エビ」は、サッカーの話でもしようかと。 ■
てなわけでいきなり文体も変わってアレだが、おれは現在、「サッカーマガジン」か「サッカーダイジェスト」のどちらかを毎週買っている。 テレビ(BSには入っていない、くっ‥‥)でサッカーの試合をやってればなるべく見る。ただ、いわゆるサポーターではない。Jリーグではジュビロが一番好きなチームだが、ほとんどスタジアムで見たことはない。つまりごく軽度のサッカーファンである。
じつは、昔は全然サッカーに興味がなかった。すべては、サターンの「Jリーグプロサッカークラブをつくろう」というゲームのせいである。このシミュレーションゲームに寝食忘れたおかげで、おれは実際見たこともないJリーガーたちをほとんど全員覚えてしまったのだ。そこにもってきて、 N64の「実況ワールドサッカー3」。この最高のサッカーゲームのおかげで、おれは「スルーパスの快感」に取りつかれてしまったのだった。けっこう珍しい、ゲームから入ったサッカーファンなのだ。 ちなみに、よいサッカーゲームをお求めの諸君。「サッカーゲームは実況ワールドサッカーシリーズが最強である」と、おれは強く断言しよう。ただし、PS版ではなくN64版に限る。
てなわけで、今回はサッカーの話である。
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サッカーというのは、じつに特異なスポーツだ。 どこが特異かというと、「評価」、ことに選手ひとりひとりに対する評価が、これほど見る人によって分かれるスポーツはないということだ。じっさいにサッカーを(TVだが)見て、それから雑誌や、ネットの掲示板なんかをのぞく。すると、おれが見て感じたことと、まるで逆のことが書いてあることが珍しくない。「あー、あの試合は××がいい働きしたなー」と思っていると、「××は最低でしたネ」などという文章に出っくわす。
たぶん原因は、2つある。まず、サッカーというスポーツが、とことん「チーム」という単位で動く団体スポーツであるということ、個人が、完全に個人だけで評価される局面がほとんどないということだ。野球の場合、打者がバッターボックスに立っているときは完全に個人プレーだし、だから「個人成績」も出せる。でも、サッカーはそうじゃない。なにしろボールを人から人にリレーするゲームだから、まず「チーム」が作り出す状況があって、その中でしか個人技というものは成立しない。 もうひとつの原因は、「内容」と「結果」がひどくアンバランスなゲームだ、ということ。22人もの人間が90分走り回って、得点は両軍あわせてもせいぜい3〜4点なのだ。膨大な仕事(インプット)がなされているにも関わらず、結果(アウトプット)は極端に少ない。(やはり、このアンバランスさは問題だと思う。素人考えだが、もう少し、いいプレーが得点という結果にすぐ結びつくようなルール改正ができないものだろうか。) いきおい、個人のワンプレーがそのまま結果に出ることも極端に少ない。ここが、バスケットボールと根本的に違う点だ。個人を数字で語ることが、ほとんど出来ない。 (だからサッカー関連の掲示板は、必ず荒れる。ある選手を誉めるヤツとけなすヤツの対立が絶えず、そのうち揚げ足取りに落ちてゆくことになる。正直言って、のぞきに行くと、いつも荒涼たる気持ちになる。)
「個人」単位で語ることが難しいスポーツ、サッカー。そうなると、見る方は、「流れ」とか「勢い」とか「主導権」とか「バランス」とか、そういうあいまいなモーメントで試合を見ることになる。 で、何度も試合を見ているうちに、必ず、その「流れ」を左右するキープレイヤーが、試合の中に存在することに気がつく。
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さて、本題だ。 名波 浩という選手がいる。ジュビロ磐田のミッドフィルダーで、日本代表の中心選手でもある。 去年、フランスW杯の予選をテレビで見ながら、この選手のことが気にかかって仕方なかった。 おれには、「日本代表が攻め込んでいい流れになっているとき」=「名波が攻撃で効いているとき」という構図に見えたからだ。 日本代表にはもうひとりの中盤の軸、中田がいた。が、おれの眼には、中田は流れに関係なくビッグチャンスを作れるが、「いい流れ」を持続できるプレーヤーじゃない、というふうに見えた。名波が相手陣地内にいて、しかも名波にボールが集まってくると、ボールをキープしながらチャンスを立て続けに作れる状況が生まれる。ただし、逆に名波がへばっているかマークに苦しんでいるか下がってしまっていると、とたんに攻めがバラバラになってしまう。 つまり、おれには、名波こそ代表のキープレイヤーだと思えた。
周知のとおり、日本代表の中で絶賛を浴び、スターになっていったのは名波ではなく中田だった。ファンの間の評価も、人によってじつにマチマチだったが、全体的にいうと芳しくなかった。 おれはそれが歯がゆくって仕方なかった。つまり、いつの間にか「名波ファン」になってしまっていたのだ。
だが、それからしだいに、おれの名波に対する評価は揺れ動くようになる。 ジュビロの試合や代表の試合を見ていくうちに、「なにか決定的に物足りない名波」を何度も目撃したからだ。
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いつ、どの試合を見ても、名波はキープレイヤーだった。つまり、彼がどういうプレイをするかが試合のカギを握っていた。また、彼自身も、あきらかに自分の位置づけをわかったプレイをしていた。こういう人のことを、「ゲームメイカー」というのだろう。たぶん正式な定義とは違うのだろうが、チームの「流れ」をコントロールする「権利」を持っている選手のことだとおれは考えている。ここで注意したいのは、持っているのは「権利」であって「力」ではないということ。チームの中核になったからといって、中核として力を発揮できるとは限らない。 ただ、いつどんな試合でもキープレイヤーになってしまうというのは、じつはたいへん得難い才能ではないかと思う。たぶん名波という選手の独特の価値というのは、そこらへんにある。あくまでシロウトの私見だが、それは中田にはないものだ。
ただし。 おれは、名波が直接得点に結びつくプレイをするところを、数えるほどしか見たことがない。 彼は、いつも「ラストパスのひとつ前」までしかプレイしない。なんというか、決定的な仕事をすることを避けているようにすら思える。 おそらく原因のひとつは、彼の足の遅さ、それから左足しか使わないということだろう。ペナルティエリアにすっと入って混戦の中で仕事をするには、たしかに彼は向いていない。ただ、原因がそれだけとは思えないのだ。 どうも、名波はいつも、ゲームを「調整」しようとしているかのように思えてならない。中盤でダイレクトでバックパスや横パスをする彼は、そうしながらタメを作り、時間を計り、チームをニュートラルに戻そうとしているのだろう。それが彼の役目であり、ラストパスを出すのは誰か他の者の役目だ、と考えているように見える。 だが、物足りない、物足りないよ名波!と、おれはそのたび叫んでしまう。そういうプレイを繰り返しながら、誰も決定的なパスを出せず、そのうち相手の力に呑まれて状況を悪くしてしまうケースを何度も見ているからだ。そうなると、名波はとたんに精彩を失う。押し込まれてゆく状況の中で必要なのは、「調整」ではなく、「強引さ」だからだ。そして中田が過剰なぐらい持っているその強引さが、名波には欠けている。 クレバーで魅力あるゲームメーカー。だが、どんな状況でもゲームをコントロールし、支配するには、何かが足りない。いや、そうじゃない。ゲームを「メイク」するのではなく、「マネージ」 しようとしている特異なプレイヤー。ゲームマネージャー。 今のおれにとって、名波はそういうプレイヤーだ。
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たぶん中田と名波を足して2で割った(いや、できれば割らずに両方を丸ごと持った)プレイヤーが、日本サッカーには必要なのだろう。 それはもう出現している、しかも2人も!と、一部のサッカーファンは言う。そう、小野伸二と稲本潤一だ。だがおれはほとんど彼らを見ていないので、それについては何も言う資格がない。
ただ、名波浩はいまでも気になるプレイヤーだ。中田と名波では、だんぜん名波に興味をひかれる。なぜかといえば、さっき書いた、サッカーという団体スポーツの特異性を体現しているのが彼だからだ。「ゲームの流れ」という眼に見えない妙なものを見ている気配、いやむしろ、それのみを終始見続けている気配が、彼からは伝わってくる。 それだけに、素人のオレには、彼のプレイはわからないことが多い。だから気になる。面白いのだ。
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