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野間口教授の回転エビ固め





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1999.04.20
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 第6回 王者の魂と犯罪オリンピック

 

「王者の魂」とは、故ジャイアント馬場選手の入場テーマ曲。

最近、この曲の最初のフレーズが頭から離れない。

 

 

 




第6回 王者の魂と犯罪オリンピック

 

前回の続き。最近PSで出た「全日本プロレス・王者の魂」というプロレスゲームの話だ。

 

俺はもー、このゲームが出るのを、そりゃあもう楽しみにしていたのだ。なにせ久しぶりの本格的なプロレスゲームで、しかも題材が俺の好きな全日本、しかもしかも、作るのは、あの「ファイヤープロレスリング」シリーズのヒューマンだ。

「ファイヤープロレスリング」、略して「ファイプロ」こそ、プロレスゲームの王道を歩んできたシリーズ。グラフィックは基本的にショボショボだが、シンプルな操作系で遊びやすく、レスラー数、技数ともに豊富、そしてなにより、徹底充実したレスラーエディット機能がプロレスファンの心をくすぐりまくってきた。

特に俺のような、プロレスの「技」が好きな人間にとっては、オリジナルレスラーを作成している時間は至福のひととき。

初代タイガーの「くるくるカニばさみ」と、ジャンボ鶴田のジャンピングニーと、ディック・マードックのブレーンバスターをあわせもつレスラー!おおおお、なんて素晴らしいんだ!‥‥てなことを、延々とやっていたわけだ。

あの至福が、ふたたび味わえる!そう思うと、ぼかあもー、辛抱たまらんかったです。はい。

 

で、買ってきて、ゲームを立ち上げて30分。俺は、深い失望と悲しみに襲われていた。

まず、操作がなんだかわからない。技が出せない。俺のスタン・ハンセンは、若手レスラーの志賀賢太郎にいいようにいたぶられて完敗。しかもフィニッシュはボディスラムだ。

‥‥ま、まあいい。それよりエディットだ。もーこれ以上ないっていうレスラーを作って、性能差でぶっちぎってやる。って、あれ?エディットって、これだけ?技ひとつひとつは選べないの?「三沢の技セット」とか「秋山の技セット」が選べるだけ?うっそー!これじゃあ、「小橋の技を使う田上」が作れるってだけじゃん!意味ないじゃん!ダメじゃん!

も、もしかして、これって、クソゲーなのか?ガガーン!

 

‥‥が、しかし。俺の第一印象は間違っていた。このゲームは、クソゲーなどではなかった。

むしろ、プロレスゲームの歴史に新たなページを記す秀作だった。

 

 

複雑な操作系のカベを乗り越えると、このゲーム、ものすごく面白くなる。なんといっても、これまでのプロレスゲームにはなかった、「試合展開のアヤ」というやつがあるのだ。

これは、「攻め疲れ」「魂(試合中決まった回数しか使えない、勝負技もしくはフォール返し)システム」などのアイデアが、全てうまく噛み合っているおかげで出来たこと。これらのせいで、有利に試合を進めていても、まったく安心できない。いつ攻め疲れで操作不能になるかわからないし、かといって勝負を焦って大技を使ってしまうと、最後の最後で粘れなくなる。

これまでのプロレスゲームが、ただの「どちらが技をかけられるか勝負」だったのに比べ、このゲームは「どちらが有効に技をかけられるか勝負」である。駆け引きがあり、戦略がある。

つまり、「プロレス」というものをゲーム的に表現することに、はじめて成功しているゲームなのだ。

 

それがはっきり証明されているのが、コンピュータ同士で試合をさせたとき。これが、見ていてすばらしく面白いのだ。はっきり言って、テレビで全日本を見ているのと何の変わりもない。いや、ある意味では、本物より面白い!「渕正信vsジョニー・スミス」なんて渋い対決をさせると、じつに味のある好勝負をしてくれる。15分ぐらいかかったが、その間、まったく飽きずに見ていられた。これは、ほんとうに凄いことだ。

試合システムの秀逸さ、技モーションのリアルさ、コンピュータのアルゴリズムの本物らしさ。これらが全部揃わなければ、こうはいかない。

 

‥‥というわけで、現在、俺はこのゲームにフォーリンラブだ。なにより、制作スタッフたちの、プロレスに対する愛が伝わってくる(馬場さんの特別エンディングがある。不覚にも涙ぐんでしまった)。やっぱりヒューマンはプロレスファンの友だった。うれしいぜ!

「王者の魂」の胸高鳴るメロディーとともに、今夜も俺(つまり、俺の作ったレスラー)は日本武道館のリングに上るのだ。おお!

 

ただ、熱愛中だけに、いくつかの欠陥は、我がことのように残念だ。レスラーエディットの手薄さもさることながら、タッグ戦の操作性の悪さは、もはやバグに近いレベル。それに、いくらエディットで作れるとはいえ、あらかじめ用意されている(つまり、すぐ使える)レスラー数が少なすぎる。

しかし、ヒューマンならやってくれるであろう。本作の秀逸なシステムと、かつてのファイプロ並みのレスラー数と技数とエディット機能をあわせもつ、最高のプロレスゲームを、次はきっと作ってくれる。頼んだぞブラザー!

 

 

今回のもうひとつの話題は、ミステリ小説について。清涼院流水の「カーニバル」のことを、ちょっと書いてみようと思う。

 

欧米のミステリは、全般的に言って、どんどん「社会小説」になりつつある。主役は警官か私立探偵かジャーナリスト。かなりの確率で離婚歴と離れて暮らす子供あり。出会う事件は、組織的な犯罪かサイコキル、もしくは偉い人の揉み消したい過去。全てが「いま現在の社会を描き出す」ことに向いている。

でも日本は、ちょっと違う。欧米の流れに追いつき追い越そうとする高村薫みたいな作家も多いが、それとはまったく異質の、もうひとつの流れがある。「観念小説」「議論小説」としてのミステリ。青臭く、世俗離れしていて、ぶっとんでいて、よくわからない作品群。

そしておれは、そういう日本独自の観念ミステリ(の、ごく一部だけ)を、好む者である。

 

小栗虫太郎「黒死館殺人事件」、夢野久作「ドグラ・マグラ」、中井英夫「虚無への供物」、そして俺のもっとも好む、竹本健治「匣の中の失楽」。みな、「奇書」と呼ばれる小説だ。もっともおれがマトモに通読できたのは後ろのふたつだけ、前ふたつは、あまりの読みにくさに挫折してしまった。

 

清涼院流水という作家の作品も、この異端の系統に属する新たな星である!‥‥と、誰かが言っているのを聞いて、さっそく読んでみた。

でも、ちょっと違った。

 

 

清涼院流水の世界では、「探偵」は、相当に高い社会的地位を与えられている。優秀な探偵たちはほぼ全員がジャパン・ディテクティブ・クラブ(JDC)という「団体」に属して活動し、一流探偵たちは、芸能人並みに有名なのだ。

そのJDCのビルが、突然爆破される。それは、謎の組織が企む「犯罪オリンピック」なるものの開始の合図であった‥‥。

 

これだけでも、相当にキテレツである。

「犯罪オリンピック」ってなんなんだ?メダルはあるのか?審判は誰がやるのか?

ともあれ、「カーニバル」では、ドハデな不可能犯罪(飛行機は落ちるし、大阪城は消えるし、人類は1ヶ月で何億人も殺されちゃって、そりゃもう大変だ)の数々と、それらの真相を見極めんと試行錯誤する探偵たちが描かれる。‥‥って、こう要約するだけでも、これが「悪い冗談」であることがわかっていただけたと思う。

そう、この分厚い小説は、「酔っぱらってするバカ妄想話」を、大真面目に書いたものなのだ。全編これ、子供っぽい思いつきと言葉遊びのオンパレード。超絶美貌の青年探偵がサングラスを外すと見た人間は例外なく失神する、とか、もーいくらなんでもなネタが続出する。

ただし、ここが大事なのだが、おそらく作者は真面目に書いている。(バカ妄想話などという評を聞いたら、真剣に激怒されてしまうかもしれない。)だからこそ、これ、面白いのだ。「悪い夢」系の筋立てなのに、その中に登場する探偵たちは、あくまで真剣にその世界を「生きて」いるのだ。

文章はお世辞にも上手いとは言えないし、駄洒落のセンスはもう、かなりアレだが、その「真剣さ」のおかげで、なんだか笑っているうちに巻き込まれる。暴走する「悪い冗談」がだんだん心地よくなってきて、「あ、俺もなんかヤバイな」と思ってしまった。

なんつっても、「犯罪オリンピック」。いいよなあ、意味不明で。

 

 

日本の異端ミステリの系譜には、じつは一貫して流れるテーマがある。「生きていること自体がフィクションである」というテーマだ。「自分という存在は、誰かが書き、誰かが読んでいる得体の知れぬ物語の1ページに過ぎないのではないか?」という疑問。「生きているということは、誰かが(あるいは自分が)作り出した虚構の物語の中に存在するということだ」という信念。テキストと生が混じりあい、存在自体が薄く薄くなってゆく感覚。

このテーマは、当然、「メタフィクション」という半ば死語に近いジャンルの作品を生み出すことになるが、あまたのクソつまらねえメタフィクションたちの中で、一番おれの好みに合うのが、「匣の中の失楽」なわけだ。

 

現実と虚構が入り交じるときの、あのヒリヒリする感覚は、清涼院流水の小説にはほとんどない。メタフィクションっぽいネタは出てくるが、ただそれだけだ。「物語」と「生きること」の間にある危うさにたいして、この作者はあまりに無邪気なのだ。たぶん気質的に。

むしろ、(あまり有名な作家ではないが)恩田陸の作品に、おれはそれを感じる。

 

それにしても、おれは「カーニバル」に似たものを、どこかで読んだことがある。

いったいどこで‥‥と、考えていて、あっ!とひらめく。

この小説に一番近いのは、あの伝説のマンガ「アストロ球団」だ。

 

しかしこの話、じつは完結していないのだが、いったいどうなるんだろう?うかつに悪の組織の内情なんか書いたりしてるが、ちゃんとまとまるのか?‥‥ま、そこらへんの感じも、「アストロ球団」に非常に近い。

 

「カーニバル」は、新書だが1700円する。それだけの価値がある、‥‥か、どうかは、微妙なところだが、なんせあまりにヘンテコだったので、いちおう推薦しておきたい。

 

では、今日はこれにて。

 




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